私は、何の予備知識もなく、偶然にこの映画を見始めたので、どういうストーリーで、監督や主演が誰なのかさっぱり分からず、これはなあに?という感じでした。 最初は主演の俳優に好感が持てず、「なんだか変わったテンションの主役だな〜」と思いながら、あまりのめり込めずに観ていました。 ところが、話が進むにつれ、どんどん彼の世界に引込まれ、最後にはあまりに美しい「愛」に感動し、涙していました。
前半部分と後半部分にくっきりと分けることが出来ます。 まるで2本の違う映画を見ているかのように、主人公を取り巻く環境ががらりと変わる。 しかし、全編を通して変わっていないのは主人公の輝き。
世界で一番あたたかい「嘘」 最後にはその嘘が本当になる・・・誰かを守ろうとする姿は何て美しいのでしょう。
1度きりの人生、思いっきり楽しまないと損だ!と言わんばかりの陽気さと純粋さ。 そしてそこから生み出される妻や子への愛、そして勇気や信念・・・。
前半部ではただのお調子者と見えなくもないけど、後半部での彼の勇気ある、そして愛情いっぱいの言動。 子供への温かい嘘の数々。 笑いと明るさで暗い世の中を包みこみ、そして明日死ぬかもしれないという状況で恐怖に怯えながら生きるよりも、思いっきり人生を楽しむ姿勢を最後まで貫き、決して人生という価値や本質を見失わなかった主人公。
映画を見終わった後で分かった事ですが、実は、イタリアのチャップリン”と称されるロベルト・ベニーニが、監督・脚本・主演という三役を見事にこなし、アカデミー主演男優賞、外国語映画賞、カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した作品、だと分かりました。
特に印象に残った場面は、強制収容所に送られたのち、グイドが収容所の規則をドイツ語からイタリア語に訳す者としてとっさに手を挙げ、自分の子供のために全くの「嘘」の訳をするシーン。 それから、収容所内で離ればなれになっている、愛するドーラ(妻)に、自分と彼らの子供、ジョズエの無事を放送するシーン。 ドーラのためにオペラのアリアを流すシーン、などです。
それから、ドーラが強制収容所行きの電車に乗り込む際に、ドイツ兵が彼女に「家に帰りなさい」と言った時、あの表情からは読み取りにくいかもしれないですが、私はあの若い軍人からも「愛」を感じました。
暗闇で花開いた一つの大きな花も枯れてしまう。 それが戦争というものであるとベニーニは訴えかける。 生と死、光と影、希望と絶望、善と悪、苦しみと楽しみ、悲しみと喜び、そして戦争と平和・・・。 様々な事柄を対称的に描くことで戦争の悲惨さをより一層浮き彫りにします。 何故、人間は戦争をするのか、戦争をやめられないのか、とここ最近よく考える疑問です。 一体どういった理由が根底に存在するのでしょうか? ただ、人間が弱いから、人間の恐怖観念から起こる、、、というだけの理由でしょうか? 難しい課題ですね。
さて、ドーラは愛する夫と子供が送られた収容所に、自らも志願して向かいます。 これはイタリア人だけのものではなく、私たち日本人にも共通するものだと思うのですが、、、つまり、一人で残るよりも、愛する者達、家族と一緒に最後をむかえたい、、、と。
中国人にはこの考え方がどうとらわれるのか、非常に興味があります。 私が香港に行った時に聞いた話ですが、「もしも明日、あなたの住む町に空襲が来る、と分かったら、あなたを含め家族4人はどうやって逃げますか?」という問いに対し、、、日本人である私は、「家族4人全員一緒に逃げられる所まで逃げ、もしも逃げ切れないとしても最後まで家族全員で一緒にいる。 死ぬ時は一緒に死にたい。 一人でこの世に残されるよりずっとましだ」と答えました。 しかし、中国人的な考えた方だと、こうなるようです。 「家族4人いたらそれぞれ一人ずつ北へ、南へ、東へ、西へ逃げる。 そうすれば、誰か一人でも生き残るでしょう? そうしたら子孫が残せるし、財産も守れるでしょ?」 と。
私のサンフランシスコでのアパートの大家さんが上海出身の中国人家族でしたが、今でも家族旅行に行く際は、家族全員一緒に同じ飛行機に乗る事はなく、必ず違う飛行機でそれぞれに飛び、現地集合するとか、、、そうすれば例え飛行機が墜落しても家族の誰かは生き残り、資産を受け継ぐことができ、家系を絶やす事がない、、、と。なるほど、ごもっともですよね。。。 さて、あなたはどちらですか?
話が大きくそれましたが、何はともあれ、この映画の醍醐味は「笑う」ということ! 「笑い」は世界を救う!
三村 奈々恵